新長田まちなか勉強会

神戸市の新長田で、映画、音楽、本、地図、芸能、あらゆる “もの” を通して、古今東西の社会情勢や歴史、背景などを楽しく勉強しましょう。表面的な出来事の背後にある大切なものを見る目を養い、みんなで話し合うことによりたくさんの異なる視点を得ることができます。実際は、わいわい楽しみながら感想を語り合いつつ社会問題に迫っていく感じ。

第33回 『ドリアンドリアン』香港の風俗でガッツリ稼いだ女の子はその後どう生きていく

毎日暑いですがお元気でお過ごしでしょうか。
次の映画会のお知らせです。

中国シリーズ5回目は香港映画を取り上げます。
中国の春秋戦国時代を題材にした「運命の子」により、王朝が変わる際の前政権の血筋を根こそぎ断つ様子を見ました。
あの子を探して」では都会と田舎の発展の落差を知りました。
トゥヤーの結婚」では内モンゴル自治区の生活と生態移住を学びました。
長江哀歌」は政府が掲げる国家的大事業の陰では地元住民や低所得者層がどのような様子なのか理解できました。


そして今回上映する「ドリアンドリアン」は中国東北部の牡丹江から香港に出稼ぎにやってきたクールな女の子のお話です。

 ドリアンドリアン
  [Durian Durian]
 監督 : フルーツ・チャン
 2000年 香港映画

中国東北部牡丹江から香港にやってきたイエンは、風俗で働いて働いて金を稼ぎまくります。彼女に悲壮な感じは全く見られません。いたってドライ。体を売るのは金を儲けることと割り切って、淡々と客をとります。
客の体を洗うので手や足の皮がむけたり、いつも用心棒に見張られたりといった細かい難点はありますが、客待ちの間ごはんをモリモリ食べて実にバイタリティにあふれています。
そんなある日イエンは、家族で中国本土から不法入国してきた少女ファンと仲よくなります。ファン一家が住む路地裏はイエンが仕事で使う宿の通り道なのでした。
やがて3週間の就労ビザが切れ、イエンは大金を手にして故郷に戻ります。家族や親戚はイエンが香港で成功して戻ったと思い込んでいます。
さて大金を稼いでもしたいことが見つからない田舎暮らしで、イエンは今後どう生きていくのでしょうか。
映画を観終わった後、なぜドリアンが小道具に使われたのかを話し合うと楽しいかもしれませんね。
ぜひお越しください。

   日時 : 2017年 8月27日(日)15:00〜 当日参加歓迎 
 場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅すぐ
      新長田駅から大正筋を南へ12分
 参加費 : 500円(会場使用料として)

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第32回 『長江哀歌(エレジー)』大きく変化する中国とそこで地道に生きる人 

7月の映画会はもう次の日曜日に迫ってしまいました。
お知らせが遅くなり申し訳ありません。
中国シリーズの第4回目は賈 樟柯(ジャ・ジャンクー)監督です。

 長江哀歌(エレジー)
  [三峡好人]
 監督 : ジャ・ジャンクー(賈樟柯)
 2006年 中国映画

原題の「三峡好人」は三峡の善人という意味ですが、三峡は中国の長江本流にある三つの峡谷のことで、漢詩水墨画に出てくるあの美しい峡谷です。
ブレヒトくらぶの方ならこの題名を聞いてすぐに「セチュアンの善人」を思いつくでしょう。セチュアンは四川のドイツ語(英語)読みですね。
この三峡に世界最大の水力発電ダムが建設されました。町がダムの底に沈むということで110万人が強制退去、名所旧跡も水没してしまったそうです。

映画は16年前に別れた妻子に会うために、男が船で三峡にやって来るところから始まります。
妻の住所はすでにダムの底に沈んでおり、町の解体作業をしながら妻の居所を探すことにしました。住民が移動したあとの建物の解体です。

おなじころ、別の女は2年間家に帰ってこない夫を探しに、やはり三峡にやってきます。ところが夫はすでに別の会社に移っており、住民を強制退去させる仕事をして儲けているようです。また浮気もしているようです。

この二人に係わる現地の人々と発展する中国とを見事に対比させ、時代の波に翻弄されながらも地道に生きる人たちを暖かく見つめる監督の気持ちが伝わってきます。

ジャ・ジャンクー監督は初め、記録映画としてこの地域を撮っていたそうです。ところが映画にも出てくる「サンミンに10元を渡す男」を撮影した時、ドキュメンタリーの限界を悟ったそうです。よそ者には当地であのような巨大な変動を本当に経験している人の理解に達することはできない。ではむしろよそ者の視線で描こうではないかと。
また、公開日を商業「大作」チャン・イーモウ(張芸謀)の『王妃の紋章』にわざとぶつけたそうです。
このような裏話も踏まえて、一緒に鑑賞しましょう。
お待ちしています。

 日時 : 2017年 7月9日(日)15:00〜 申し込み不要 
 場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅すぐ
      新長田駅から大正筋を南へ12分
 参加費 : 500円(会場使用料として)

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第31回 内モンゴル自治区の女性の生き方『トゥヤーの結婚』

6月の映画会のお知らせです。

 第5世代の監督、チェン・カイコー(陳凱歌)、チャン・イーモウ(張芸謀)と見てきましたので、次は第六世代のワン・チュアンアン(王全安)を取り上 げます。中国映画の第何世代というのは、中国で映画が作られるようになった第一世代から監督で年代を区切って表しています。
 さて、今回の第六世代監督は第五世代とどのような違いがあるのか、内容とともに鑑賞しましょう。

トゥヤーの結婚
[図雅的婚事]
監督 : ワン・チュアンアン(王全安)
2006年 中国映画

 何の予備知識がなくても楽しめますが、少し補足しますと、舞台は白鵬日馬富士の出身地モンゴルではなく、中国が支配する内モンゴル自 治区です。なぜ モンゴル国内モンゴル自治区があるのか。そのいきさつはここで書くと長くなるので、語句をクリックして調べてくださいね。

 モンゴルの人々は元来遊牧民ですが、中国政府がおし進める定住放牧化政策はモンゴルの環境に適していなかったので、草地が沙漠化してし まいました。一か所で草を食べ尽してしまうので当然です。
 だからトゥヤーたちの住んでいるところはひどく荒れ果てた土地になっています。
 夫のバータルは家の前に井戸を掘るときにけがをして半身不随になってしまいました。そのためトゥーヤーが一人で家畜の世話をし、遠い井戸に水 を汲みに行ったりしなければなりません。見かねた夫バータルはトゥヤーに離婚を申し出ますが、トゥヤーは承知しません。

 さて、ある日のことトゥヤーの仕事を手伝ってくれていた隣人のセンゲーが事故を起こし、助けようとしたトゥヤーは腰を痛めてしまいます。仕方なくト ゥヤーはバータルとの離婚を決意し、裁判所に行きますが、その条件は夫も一緒に養ってくれる人と再婚するということ。

 そこに現れたのはトゥヤーの中学校の同級生。彼は前からトゥヤーのことが好きで、今はたいそうなお金持ちになっています。またパータルも引き取 ってくれると言うのですが、さてこのあとトゥヤーはどうなるのでしょうか。

 社会主義国家だったはずの中国では今、急激な資本主義が入りこんでいますが、内モンゴルまで影響が及んでいるんですね。そんなことやトゥヤ ーのかっこいい生き方や、モンゴル族の暮らしぶり、気候など見どころがいっぱいの映画です。

ぜひお越しください。

 日時 : 2017年 6月25日(日)15:00〜 申し込み不要 
 場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅すぐ
      新長田駅から大正筋を南へ12分
 参加費 : 500円(会場使用料として)

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第30回 『あの子を探して』憎たらしい女の子なのに最後は心を掴まれる

5月の映画会のお知らせです。
中国人監督の第二弾はチャン・イーモウ張芸謀)です。
日本では2008年の北京オリンピックの開会式を演出したことで、映画に関心がない人にも名前が知られるようになりました。

今回取り上げた作品は
『あの子を探して』
1999年公開 106分

 中国の田舎の小学校に13歳の女の子が代理教員としてやってきました。
 校舎はすさまじくぼろぼろで、生徒も家の仕事が忙しくなると手伝いのために学校をやめてしまうようなところです。
 この学校の先生は遠くに住むお母さんの調子が悪いので様子を見に帰りたいのですが、自分が学校を離れると学校に来ない子が増えてしまうので里帰りを渋っています。ところがよりによって、村長が連れてきたのは中学校も出ていない13歳の女の子、ミンジ。しかも村長が間に合わせのためだけに連れてきたので、ミンジは給料のことしか関心がない。そういうわけで教室はしっちゃかめっちゃかになってしまいます。
 中でも一番の問題児ホエクーが、学校に来なくなりました。家の都合で町に出稼ぎに行ったのですが、生徒を一人も減らさなかったらさらに10元追加するというと約束なので、ミンジはホエクーを連れ戻すため町へのバス代を稼ぐ方法を考えます。原題の『一个都不能少』=一人も減らすことはならず、というのはここからきているのですね。
バス代を稼ぐために勝手に煉瓦運びをしたり、計算を間違えたりしながらだんだん生徒と団結していくのですが、町に行ってもホエクーはなかなか見つかりません。
 最初はなんとも可愛げのないミンジが必死でホエクーを探すころにはもう私たちはすっかりミンジの虜となって、かわいくてかわいくてしかたがなくなっていることに気づきます。
 この映画のキャッチフレーズ「遠い遠い空の下、元気でいてね、迎えにいくから。」はミンジがホエクーをさがすときの言葉ですが、日本から遠い遠い空の下に暮らすミンジとその生徒たちに会いに行きたいと思ってしまいます。
 最後の黒板にみんなで字を書くシーンは、その漢字が読める民族でほんとうに幸せだなと感じました。

都会と田舎の格差や教育の不平等などの社会問題から、健気な子どもたちの奮闘ぶりなど、見ごたえある映画です。
ぜひお越しください。


  日時 : 2017年 5月14日(日)15:00〜 申し込み不要 
  場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅すぐ
      新長田駅から大正筋を南へ12分
  参加費 : 500円(会場使用料として)

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第29回 中国映画シリーズが始まります。チェン・カイコー『運命の子』

4月から新しいシリーズが始まります。中国人監督の作品を取り上げて半年間鑑賞しましょう。
まず最初は、
チェン・カイコー(陳凱歌)監督の『運命の子』です。
2010年12月公開 128分

 孔子編纂の歴史書『春秋左伝』や司馬遷の『史記』にも登場する話で、中国で長く語り継がれてきた悲劇です。
 これは中国春秋時代の晋の君主、景公の時代の復讐劇なのですが、景公在位年代を調べてみたところ紀元前600年から紀元前581年!!
紀元前って・・・あなた・・・。聖徳太子大化の改新645年の1200年以上前ですよね。日本はそのころ文明はあったのでしょうか? 中国文明のすごさに圧倒されます。
 この歴史物語がやがて元の時代に「趙氏孤児」という戯曲になり、いろいろな種類の芝居で演じられるようになりました。これはヨーロッパにも伝わり多くの翻案が作られたそうです。
 映画では、趙氏孤児の身代わりになるのは育ての親自身の子という設定にして、さらに悲劇的要素を強めています。浄瑠璃の『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋の段」で、自分の子どもの首を差し出すシーンがありますが、自分の子どもを身代わりにして主君の子どもを守るなんて、考えただけでも胸が苦しくなります。
 この話は復讐劇ですが、さてどのように復讐するのでしょうか。

4月からの新シリーズにぜひお越しください。

あらすじ
晋の国の宰相趙氏は、ライバルにより晋王殺害の罪を着せられ、一族を皆殺しにされてしまう。 趙朔の妻は趙氏最後の生き残りの男児を出産するが、夫を殺されたことをはかなみ赤ん坊を医者に託して自害。医者は遺児を自宅に連れ帰り育てることにする。 ところが町では屠岸賈により趙氏の忘れ形見の大捜索が始まっていた。兵士たちが次々と赤ん坊を奪い去っていく。医者はほぼ同時期に生まれた自分の子どもと妻をかくまってもらうが、屠岸賈に呼び出されてしまい、ついに・・・。 一方遺児は医者を「父さん」、屠岸賈を「父上」と呼んで二人から愛情を受けて育っていく。

  日時 : 2017年 4月30日(日)15:00〜 申し込み不要 
  場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅すぐ
      新長田駅から大正筋を南へ12分
  参加費 : 500円(会場使用料として)

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第28回 『フォー エヴァー モーツアルト』 ヌーヴェルヴァーグの旗手ゴダールをあえて90年代作品で

 フランス映画シリーズの最後の作品にジャン=リュック・ゴダールを配しましたが、『勝手にしやがれ』でもなく『気狂いピエロ』でもなく、あえて『フォーエヴァー・モーツアルト』です。
 ジャン=リュック・ゴダールといえば、初期のころから政治的テーマや政治的主張を作品に織り込んでおり、この作品でもサラエヴォ紛争を取り上げています。
 また、題名はフォーエヴァー・モーツアルトなのになぜかベートーヴェンピアノ協奏曲第5番で始まり、モーツアルトの最後のピアノ協奏曲第27番で締めくくられます。モーツアルトベートーヴェンも同じ古典派の時代の偉大な作曲家ですが、作曲へのアプローチが違います。モーツアルトは古典派の形式の中で作曲し、ベートーヴェンは自由度が高く、ショパンなどに代表されるロマン派へと続く流れを感じます。こうした情報も手がかりの一つとして、映画鑑賞後に意見の交換をしましょう。


 あらすじ  

 映画監督ヴィッキー・ヴィタリスはオーディション中に、男爵と呼ばれるプロデューサーのフェリックスから「宿命のボレロ」という映画の監督を頼まれます。
 ヴィッキーの娘のカミーユと従兄弟は紛争中のサラエヴォで芝居を上演しようし、ヴィッキーも同行することになります。メイドのジャミラも連れて行かれましたが、途中でヴィッキーは脱落します。サラエヴォで3人は捕虜となってしまい・・・。
 一方3人と別れたヴィッキーはパリに戻り、男爵の依頼を引き受けて「宿命のボレロ」を撮影しますが、女優に「ウイ」の一言で何度も駄目出しをします。
 音楽会ではモーツアルトが現れ、最後のピアノ協奏曲第27番で映画は締めくくられます。

 Forever ではなく For ever なのは
 “pour rever Mozart” の英語読みだから。 “for dream Mozart” 

 

 日時 : 2017年 3月5日(日)15:00〜 申し込み不要 
 場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅すぐ
                        新長田駅から大正筋を南へ12分
 参加費 : 500円(会場使用料として)

 

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第27回 『去年マリエンバートで』 Xの記憶、Aの記憶、嘘、事実、真実

次回のビデオ上映会のお知らせです
去年マリエンバートで

【L'Année dernière à Marienbad】
 監督 : アラン・レネ
 脚本 : アラン・ロブ=グリエ
 フランス・イタリア合作映画 1961年 94分

男が豪華装飾の建物に入っていくところから映画は始まります。不気味なオルガンの音色に乗せて延々繰り返されるモノローグ。
どうやら金持ちが集まっているホテルだと気づくのですが、人々は表情がなかったり静止状態だったり、庭園の木に影がなかったり、現実の世界とは思えません。

男は言います。「私達は会ったことがあります。去年、フレデリクスバートで。でなかったら、カルルスタットか、マリエンバートで。あるいはここで」
タイトルの「マリエンバートで」が「フレデリクスバートで」となっていないところからして、曖昧で事実かどうかわからないということを伝えてる気がします。

男は、あなたはこうでした、あの時あなたはこう言いましたと、女に言いつづけるのですが、女は「いいえ。そんなことはありません」と否定します。男が何度も言ううちに、女の記憶は変わり、ついに二人は・・・

それぞれの記憶では、衣装も違っているし、風景も違っています。同じ彫刻なのに、置かれている場所や角度が違っています。
いったい誰の記憶が正しくて、誰が嘘をついているのか。それともそんな事実は最初からなかったのか。

これは、意味を考えて見るよりも、映画の世界にどっぷりと入り込み、それぞれの人物の記憶に身を任せると、とても面白い映画だと思いますよ。

映画の後で、あそこはあーだ、こーだと語り合いましょう。

日時 : 2017年 2月12日(日)15:00〜 申し込み不要 
 場所 : どろアトリエ
    (新長田アスタくにづか5番館2階奥)
      地下鉄海岸線駒ヶ林駅上2分
      新長田駅から大正筋を六間道商店街まで南へ10分
 参加費 : 500円(会場使用料として)

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